大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

新潟地方裁判所 昭和47年(行ウ)2号 判決

原告 佐藤良男 外二名

被告 新潟県岩船郡荒川町町長 外二名

主文

一  被告金子忠治、同荒川建設株式会社は新潟県岩船郡荒川町に対し、各自金一〇〇〇万円およびこれに対する昭和四七年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告金子忠治、同荒川建設株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三  原告らの被告新潟県岩船郡荒川町町長に対する訴えを却下する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その一を被告金子忠治、同荒川建設株式会社の負担とする。

五  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告金子忠治(以下「被告金子」という。)、同荒川建設株式会社(以下「被告荒川建設」という。)は新潟県岩船郡荒川町(以下「荒川町」という。)に対し、各自金三五五一万二八二五円およびこれに対する昭和四七年三月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告新潟県岩船郡荒川町町長(以下「被告荒川町町長」という。)が、荒川町と被告荒川建設との間で昭和四五年一二月七日に締結された前坪団地宅地造成工事(以下「本件工事」という。)の請負契約に関連して、荒川町において被告金子、同荒川建設に対し不法行為または債務不履行による金三五五一万二八二五円の損害金債権を有しているにもかかわらず、その行使を怠つていることが違法であることを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第1項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  被告荒川建設は土木・建築工事の請負等を営業目的とする会社であるが、昭和四五年一二月七日、荒川町の注文により、本件工事(荒川町・前坪地区の主として田地二九、〇〇〇平方メートルを一・二メートル盛土して宅地に造成しようとするもの)を金五八三二万円で請負い、翌四六年六月ごろ、これを完成して引き渡し、右代金の支払を受けた。

2  本件工事が施行された当時、被告金子は荒川町の町長の職にあつた者であり、一方、被告荒川建設は被告金子が個人で始めた事業を株式会社組織に改組したものであつて、昭和三八年一一月に町長に就任するまでは被告金子がその代表取締役であつた。しかし、その後も、被告荒川建設の役員は、代表取締役が妻の純、専務取締役が長男の忠夫、常務取締役が娘婿の金子靖郎、残りの一名の取締役が金子栄子、監査役が金子ハナという具合にすべて被告金子の親族ないし一族によつて占められ、実際上は、被告金子が営業、経理、その他会社業務のすべてにわたつてワンマン的支配を及ぼしていた。このような事情があるところ、被告金子と被告荒川建設とは通謀のうえ、同被告会社において本件工事を高い価額で請負い、巨利を博することを企図し、次のような手段・方法を弄してこれを実行に移したものである。

(一) 落札予定価格の水増し

一般に地方公共団体は、その施行する土木・建築工事等の請負人を選定するに当つては、専門の業者による競争入札の方法をとつている。この場合、地方公共団体は、予めその内部において工事の設計と工事費用の積算を行ない、落札予定価格を決めておく。そして、競争入札に参加した業者のうち、その入札価格が最も低く、しかも右落札予定価格と同等か、それ以下である業者が落札者として当該工事等を請負うことになるわけである。ところが、被告金子はその町長としての立場を利用し町役場の担当職員に指示して本件工事につき不当に高額な落札予定価格を算定させた。そのためにとつた方法の第一は、盛土に使用する土量を水増ししたことである。すなわち、一般に本件のような埋立工事において使用する土量は、機械土工の場合、「土量の表示はすべて地山の土量で表示することとする。」(昭和四五年災害査定設計標準歩掛表・新潟県参照)とされている。ここに「地山の土量」というのは埋立てに使用する土砂がその採取場で自然に締め固められた状態にあるときの土量のことをいうのであり、通常、このような状態にある土砂が掘り崩されると、その体積はもとのそれの一・二五倍となるが、これが工事現場に投入され、再び締め固められると、もとの体積に復するわけである。したがつて、本件工事において使用される土量を地山の土量で表示すれば、造成予定地の面積二九、〇〇〇平方メートルに盛土の高さ一・二メートルを乗じて算出した三四、八〇〇立方メートルとなるわけである。ところが、荒川町において積算した土量は、さらにこれに一・二五倍した四三、五〇〇立方メートルとされている。つまり、ここで使用土量が二五パーセントほど水増しされているのである。次にその方法の第二は、本件工事には「洗い砂(購入砂)」を使用することとし、その単価を一立方メートル当り金一〇〇〇円と見積つたことである。「昭和四四年度設計単価表・新潟県土木部」によれば、ここに「洗い砂」というのは同単価表に「骨材」として掲げられているもののことであり、通常、これはコンクリート用に使用されるものであつて、埋立工事に使用されるものではない。右単価表では、本件のような埋立工事に使用する土砂は「山代」として「骨材」とは別に掲げられている。ところで、一般的にいつて一立方メートル当り金一〇〇〇円もする高価な「洗い砂」が宅地造成工事に使用されるということは常識的に考えられないことであり、右工事に使用する土砂は「山代」で十分であつて、その一立方メートル当りの価格は当時で金二九四円程度であつた。そして、当時、「山代」を採取できる地山は荒川町周辺には何か所もあつたのであり、荒川町においてその意思さえあれば容易に右地山の存在を確認できた筈である。のみならず、新潟県土木部はその出先の土木事務所を通じて県内の地山(通称「土取場」という。)についてその状況を完全に把握しており、公共事業のためそれに関する資料の提供を求めれば、最大限の便宜を図つてくれていたのに、本件工事の設計に際し、荒川町は右資料の提供さえ求めていない。以上のとおり、本件工事には高価な「洗い砂」など使用する必要は全くなかつたのであり、このことは、被告荒川建設が本件工事において実際に使用した盛土材料は残土、がれきと呼ぶにふさわしいものであつて、「洗い砂」が使用されたとは見られない粗末な工事仕上りであることに徴しても明らかである。第三に、その結果として、本件工事にかかる営繕損料・現場管理費・一般管理費等の間接費用も不当に高額に見積られた。というのは、これらの間接費用は一般に直接費用に一定の割合を乗じて算出されるので、直接費用が高額となれば、間接費用もこれに連動して高額となる筋合だからである。

以上の結果、荒川町の内部において算出した本件工事にかかる設計金額は金六〇一二万三〇〇〇円であり、荒川町はこれをもとにしてその一部を減じた金五八三二万円をもつて落札予定価格とした。しかしながら、この落札予定価格は前記のような方法で水増しした設計金額をもとにしたものであり、これを正常な方法で積算した場合、その金額は金二二八〇万七一七五円とするのが相当であるから、右落札予定価格においても金三五五一万二八二五円が水増しされていることになる。

(二) 落札予定価格の漏洩

地方公共団体がその施行する土木・建築工事等につきその内部で独自に工事の設計をし、工事費用を積算して落札予定価格を定めるのは、入札に参加する業者の談合により落札価格が不当に引き上げられることを防止し、工事が適正な価格で落札されるかどうかをチエツクするためである。そうだとすれば、落札予定価格は少くとも落札者が決定するまでは一切外部に漏れてはならない性質のものである。ところが、本件において、被告荒川建設が落札した価格は金五八三二万円であつて、これは荒川町が事前に定めた落札予定価格と寸分違わないのである。このことは被告荒川建設が予め右落札予定価格を知つていたことを意味しており、被告金子と被告荒川建設間の前記のような特別な関係からすれば、事前に被告金子が被告荒川建設に対して右落札予定価格を漏らしたことは明らかである。

(三) 被告荒川建設を中心とする業者間の談合

本件工事については指名競争入札の方法が採用され、荒川町において指名した八名(社)の業者が入札に参加し、一回で落札者が決まらなかつたので(いずれの業者の入札価格も落札予定価格を超えている。)、三回にわたつて入札が行なわれた。このときの各業者の入札価格は、第一回目において最高額が金六〇三〇万円、最低額が金六〇〇〇万円、第二回目において最高額が金五九八〇万円、最低額が金五九五〇万円、第三回目において最高額が金五九二六万円、最低額が金五八三二万円であり、第三回目の入札において被告荒川建設が落札予定価格と同額で落札者となつている。これからすれば、本件工事については、外形上は業者間の競争入札の結果、被告荒川建設がその落札者になつたようにみえるが、右にみるように各国における各業者の入札価格は最高額と最低額との間にさえ数一〇万円の開きしかないほど接近しているところ、本件工事程度の規模のもので、本件のように入札に参加する業者の指名と入札の実施日との間に数日しかなく、しかも、工事の具体的内容は入札の当日その場で説明するというような場合、各業者の入札価格が右のように接近するということは通常考えられないことである。また、各回の各業者の入札価格をみると、いずれも前回のそれをおおむね金五〇万円ほど引き下げたものとなつており、その間には業者同士の競争の跡がみられず、被告荒川建設がいずれの回においても「一番札」(最低額)を入れ、最終的には落札予定価格と同額で落札者となつている。これらの事実からすれば、本件工事にかかる入札に関しては、被告荒川建設を中心にして同被告会社を落札者とするための談合が行なわれたことは明らかであり、被告金子は被告荒川建設との前記のような特別の関係から予め談合が行なわれることを知りながら落札予定価格を漏らしたものである。

以上のようにして、被告荒川建設は本件工事を金五八三二万円という法外な価格で請負つたのであり、当時における本件工事の適正な請負価格は金二二八〇万七一七五円とみるのが相当であるから、被告荒川建設は本件工事を請負つて施工したことによりその差額金三五五一万二八二五円の不当な利益を掌中したのである。一方、荒川町は、被告金子および被告荒川建設による前記のような工作がなければ、本件工事を金二二八〇万七一七五円程度の費用で施行することができたのに、実際には金五八三二万円の費用の支出を余儀なくされ、その差額に相当する金三五五一万二八二五円の損害を蒙つたわけである。

また、仮に、被告金子において荒川町の内部における本件工事の設計および工事費用の積算につき町役場の担当職員に特別の指示を与えたことはなく、また被告荒川建設に対して落札予定価格を漏したことはないとしても、被告金子は、担当職員が割り出した落札予定価格が不当に高額であることに容易に気付いた筈なのに、漫然とこれを承認したのであつて、この点に同被告の過失がある。そして、その後、右落札予定価格が何らかのルートで指名業者に知れ、業者間の談合を誘うことになつたのであるから、被告金子は過失による不法行為責任を免れない。

3  仮に、本件工事に関して被告荒川建設に対する不法行為責任が認められないとしても、同被告会社には荒川町との請負契約上の債務不履行の責任がある。すなわち、同被告会社が荒川町から請負つた本件工事の内容は、造成予定地内に一立方メートル当り金一〇〇〇円の高価な「洗い砂」を四三、五〇〇立方メートル投入してこれを宅地に造成するというものである。ところが、同被告会社は実際には一立方メートル当り金二九四円以下の土砂を三四、八〇〇立方メートル以下しか使用しておらず、一部には他の工事によつて生じた残土やがれき・石などが使われている。同被告会社が施工したこの工事は金二二八〇万七一七五円以下のものであり、そのため荒川町はこれと請負代金五八三二万円との差額金三五五一万二八二五円の損害を蒙つた。

4  以上のとおり、荒川町は被告金子および被告荒川建設に対し金三五五一万二八二五円の損害金債権を有しているところ、被告荒川町町長はこれを行使しようとせず、町の財産の管理を怠つている。

5  原告らは荒川町の住民であるところ、昭和四六年一二月四日、荒川町監査委員会に対し、右怠る事実を改め、被告金子および被告荒川建設に対し右損害金を請求すべきであるとして監査を求めたのであるが、同委員会は昭和四七年二月一日、原告らに対しその請求には理由がない旨の通知をした。

よつて、原告らは、被告金子、同荒川建設に対し、同被告らにおいて荒川町に対し各自前記損害金三五五一万二八二五円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四七年三月八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うことを、被告荒川町町長に対し、前記怠る事実の違法確認を、それぞれ求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実は工事の完成、引渡しの時期を除いて認める。

2  同第2項の事実のうち、本件工事が施行された当時、被告金子が荒川町の町長の職にあつたこと、被告荒川建設の沿革および昭和三八年一一月町長に就任するまで被告金子がその代表取締役の職にあつたこと、被告金子と被告荒川建設の代表取締役その他の役員の地位にある者らとの身分関係、ならびに本件工事につき荒川町がその内部において行なつた工事の設計および工事費用の積算において埋立に使用する土砂の数量、材質および単価が原告主張のとおりとされ、落札予定価格が金五八三二万円と定められたことはいずれも認めるが、地方公共団体がその施行する土木・建築工事等の請負人を選定する方法・手続および予め落札予定価格を定めおくことの趣旨・目的を除くその余の事実は否認する。

一般に地山の土量で表示された一立方メートルの土砂は、これを掘り崩すと、その体積は一・二五倍に増えるが、再び現場に投入して締め固めると、土砂の種類により多少の差異はあるものの、〇・九立方メートルになる(これを「変化率」という。)とされている。そのため埋立工事においては、予定の高さより一〇パーセントほど余分に土砂を盛り上げるのが通常である。また、埋立予定地の地盤によつては、盛土したあとで地盤が沈下し(その度合を「沈下率」という。)、地面が予定の高さに達しなくなることはよくある現象である。本件工事における造成予定地二九、〇〇〇平方メートルはそのほとんどが田と畑であり、そのうち湿田が一四、九〇〇平方メートル、それよりやや程度のよい準湿田が七、八〇〇平方メートルである。一般に湿田の沈下率は三〇パーセント、準湿田のそれは二〇ないし一〇とされているので(昭和四四年災害復旧事業標準歩掛表・新潟県農地部参照)、荒川町では現場の状態を調査した結果をもとにして湿田の沈下率を二五パーセント、準湿田のそれを二〇パーセント、その他の部分については沈下のおそれはないものとして造成予定地全体の沈下率を一五・一パーセントとしたのである。本件工事の設計および工事費用の積算において、荒川町が埋立てに使用する土量を算出するのに、造成予定地の面積に盛土の高さを乗じて算出した数量に、さらに一・二五倍したのは右変化率一〇パーセント、沈下率一五パーセント、計二五パーセントを見込んだからであり、この土量計算の方法は今日一般に是認されているところである。

次に本件工事の設計および工事費用の積算において荒川町が埋立に使用する土砂の材質を「洗い砂(購入砂)」とし、その一立方メートル当りの価格を金一〇〇〇円としたのは以下のような理由からである。すなわち、一般に埋立工事の設計および工事費用の積算をするには二つの基準がある。その一つは盛土材料として「山代」を使用する場合であり、他の一つは「洗い砂(川砂、購入砂)」を使用する場合である。そして、盛土材料として「山代」と指定する場合には、予め注文者側においてその所有者から買い取るなどしてこれを採取する地山を確保するのが通常である。荒川町においては、本件工事の設計および工事費用の積算の作業を進める過程で地山の確保に努めたのであるが、工事現場から二キロメートル以内の地域内には四〇、〇〇〇立方メートル以上の「山代」を採取でき、しかも、これを現場まで搬入するための道路が存在することという条件を満たす地山を見出すことはできなかつた。と同時に、本件工事はその財源を全額起債によつていたこと、そのためには起債計画書を昭和四六年二月末日までに新潟県知事あてに提出しなければならなかつたこと、また、当時、荒川町には同年三月から前坪団地の一部分譲を開始し、収入財源とする財政上の必要があつたことなどの事情から、工事の完成を急ぐ必要があり、当初の予定では、工事は昭和四五年一二月に注文し、翌四六年二月中には完成することにしていた。そのため、所有者との買収の交渉など地山の確保のために長期間を費すことはできず、また、右工事予定期間は丁度積雪期に当るため、仮に頃合の地山が確保できたとしても、その掘崩しが困難であつた。加えて、「山代」はこれを採取する場所の如何によつては、運搬関係の諸費用が嵩み、必ずしも「洗い砂」より安いとは限らない。したがつて、荒川町が本件工事につき盛土材料として「洗い砂」を使用することを前提として設計および工事費用の積算をしたのは当を得た措置であつて非難される筋合のものではない。

被告荒川建設は、八名(社)の業者による指名競争入札の結果、本件工事を落札して請負つたのであり、随意契約によつて請負つたのではないのであるから、本件工事を請負うことに関して原告ら主張のような被告金子と被告荒川建設との通謀による不法行為が成立する余地はない。

3  同第3項の事実は否認する。

被告荒川建設は、荒川町から示された設計どおりに本件工事を施工したばかりか、一部に「洗い砂」よりも高価な栗石、玉石等を使用して地盤の安定を図つている。このように被告荒川建設が施工した工事は設計以上に質の高いものであつて、何ら非難を受けるいわれはない。

4  同第4項は争う。

被告荒川町町長が原告ら主張の損害金債権の行使をしないとしても、このことは地方自治法二四二条第一項にいう「財産の管理を怠る事実」には該当しないから、原告らの被告荒川町町長に対する請求は理由がない。

5  同第5項の事実は認める。

ただし、地方自治法第二四二条の二、第一項第四号に基づく住民訴訟は、普通地方公共団体の「当該職員」に対する損害賠償等の請求について認められるものであつて、「当該執行機関」に対する請求は右法文上明白に除外されており、住民訴訟の対象とはなり得ないところ、原告らの被告金子に対する請求は右後者に当るから、この点に関する訴えは不適法である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  いずれも成立に争いのない甲第三九、第四〇号証および証人近昌蔵の証言に弁論の全趣旨を合せると、次の事実を認めることができる。すなわち、荒川町は昭和四五年当時、その行政施策の一つとして同町内の国鉄羽越線・坂町駅を中心とした半径一キロメートル以内の区域を商業地域および住宅地域として開発し、総合的な町作りを進めることを目的とした長期計画を立て、同年九月の町議会でこの案件を採択した。荒川町・前坪地区は坂町駅から一五〇メートルほど隔てたところに位置し、右長期計画の施行対象区域内に含まれているところ、本件工事はその一環として施行されることになつたものであり、その概要は荒川町において買い上げた付近一帯の主として田地二九、〇〇〇平方メートルを高さ一・二メートルにわたつて土盛りし、宅地に造成しようというものである。そこで、荒川町では、その工事請負人を選定するため八名(社)の土木・建築業者を指名し、昭和四五年一二月七日、これらの業者による競争入札を実施した。その結果、被告荒川建設が金五八三二万円で落札し、本件工事の請負人となり、同被告会社は翌四六年五月ごろ、これを完成し、右代金の支払を受けた、以上の事実が認められる。

二  落札予定価格の決定とその金額の当否

いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、第一二号証の一、二、乙第三号証、証人伊東俊夫の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第五号証の一、二、証人近昌蔵の証言によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  指名競争入札の実施に先立ち、荒川町では本件工事の落札予定価格を金五八三二万円と定めた。これを定めるについて、荒川町では独自に工事の設計と工事費用の積算を行ない、設計金額(工事費用の見積額)を金六〇一二万三〇〇〇円と割り出した。右落札予定価格はこの設計金額から金一八〇万三〇〇〇円を減じたものとして定められたものである。

2  ところで、荒川町において工事の設計および工事費用の積算の事務を担当したのは町役場職員の伊東俊夫である。伊東はまず、その基礎資料を得るため、造成予定地の面積および地盤の高さを測量し、地盤の状態(強弱)を調査した。その結果判明したのは、造成予定地の面積は二九、〇〇〇平方メートル、土盛りを要する高さは平均して一・二メートル、造成予定地のうち、湿田は一四、九〇〇平方メートル、準湿田は七、八〇〇平方メートル、乾田その他が六、三〇〇平方メートルというものであつた。

3  そこで、伊東は右基礎資料をもとにして工事の設計および工事費用の積算を行ない、設計金額を金六〇一二万三〇〇〇円と割り出したのであるが、その骨子となつたのは次の三点である。まず、その第一は、埋立てに使用する盛土材料を「洗い砂(川砂、購入砂)」としたことである。その第二は、埋立てに要する砂の数量を算定するについて、造成予定地の面積に盛土の高さを乗じた数量三四、八〇〇立方メートルに、さらに一・二五を乗じ、四三、五〇〇立方メートルとしたことである。このうち、二度目に乗じた一・二五という数値は、造成地に投入された砂が日時の経過に伴いそれ自体締め固められ(圧密)て体積を減ずる割合、いわゆる変化率を一〇パーセント、工事完了後、造成地の地盤が投入された砂の重量等によつて沈下する割合、いわゆる沈下率を一五パーセントと見込み、両者を合したものである。そして、その第三は、盛土材料として使用する「洗い砂」について工事現場渡しの一立方メートル当りの価格を金一〇〇〇円としたことである。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

そこで、右のようにして定められた落札予定価格が相当なものであつたかどうかについて検討するのに、原告らはまず、盛土材料として、一般に使用されている「山代」ではなく「洗い砂」を使用することにしたことが落札予定価格を水増しする方法の一つとされたと主張する。たしかに、埋立工事の設計およびその工事費用の積算をするについて、盛土材料として「山代」よりも良質の「洗い砂」を使用することとした場合、設計金額が「山代」を使用することとした場合より割高となることは自明の事柄である。しかしながら、これは盛土材料として価格の高い良質のものが使用されることを前提としたからであつて、この場合、設計金額そのものが水増しされるものでないことは多言を要しない。したがつて、原告らの右主張は、盛土材料として「山代」ではなく「洗い砂」を使用することとした設計上の選択の当否の問題であつて、落札予定価格が相当なものかどうかということとは直接関連のないことである。もつとも、弁論の全趣旨に徴すると、この点について原告らは、被告金子と被告荒川建設とが通謀のうえ、本件工事においては、実際には盛土材料として「洗い砂」など使用しないのに、被告金子がその町長としての立場を利用して町役場の担当職員をして「洗い砂」を使用するものとしての設計金額を算出させ、これを水増ししたとも主張するもののようでもあるが、かかる事実を認めるに足りる証拠はない。

次に成立に争いのない甲第四九号証の一ないし三によれば、一般に土木工事において使用する土砂の数量(土量)を表示するには、(1)地山(土砂がその存在する場所で自然に締め固められた状態にあるもの)の土量をもつてする方法、(2)ほぐした土量(地山を掘り崩した状態のもの)をもつてする方法、(3)締め固め後の土量(ほぐした土砂を工事現場に投入し締め固めた後の状態)をもつてする方法、の三種類があり、従来の土量の積算においては、「ほぐした土量」がその基本となつている場合が多かつたこと、しかし、「ほぐした土量」は実際に測定することが困難であるため、その後、国や地方公共団体が施行する土木工事においては、土量の表示はすべて「地山の土量」をもつてすることとされたこと、ところで、一般に土砂はそのおかれた状態によつてその体積を変化させるものであり、「地山の土量」、「ほぐした土量」および「締め固め後の土量」との間には、それぞれの土砂の種類によつて差異はあるものの、大体において「地山」の土砂一を掘り崩すとその体積は一・二五となり、これを工事現場に投入して締め固めると〇・九となる(これを「土量の変化率」という。)とされていること、ただ、実際に土量の変化率を定めることは極めて困難なので、右の数値を適用するに当つては、現場の土質、工事の施工法、施工規模の大少等を参考とする必要があること、が認められるところ、証人伊東俊夫の証言によれば、荒川町が本件工事に関して積算した埋立に必要な土量四三、五〇〇平方メートルは「ほぐした土量」で表示したものであることが認められる。以上の事実によれば、本件工事において埋立てに必要な土量は、これを「地山の土量」で表示するとすれば、原告らのいうように造成予定地の面積に盛土の高さを乗じた三四、八〇〇立方メートルとなるわけであるが、「ほぐした土量」で表示した場合にはこれでは足りず、さらにこれに土量の変化率を乗じたものでなければならないことは明らかである。この点について証人伊東俊夫の供述するところによれば、荒川町がした積算においては、盛土材料として使用されるのが「洗い砂」であること、造成予定地の大部分が湿田もしくは準湿田であることなど、盛土材料の種類・性質および現場の土質等を考慮して、土量の変化率(地盤の沈下率を含む。)を一・二五と見込み、これを適用したというのであり、前認定の事実に照らすと、荒川町が積算した四三、五〇〇立方メートルの土量は、これが「ほぐした土量」で表示されたものとする限り相当なものであつて、原告らのいうように水増しされているということはできない。

ところで、次に工事費用の積算において荒川町が「洗い砂」一立方メートルの工事現場渡しの価格を金一〇〇〇円としたことは前認定のとおりであるところ、前示甲第一〇号証によれば、荒川町の積算においては、右単価を「ほぐした土量」で表示した土量四三、五〇〇立方メートルに乗じて盛土材料の価格を金四三五〇万円と算定したことが認められる。そして成立に争いのない乙第四号証の一ないし三に弁論の全趣旨を合わせると、荒川町の積算において、「洗い砂」一立方メートルの価格を金一〇〇〇円としたのは、「昭和四五年度土木工事標準設計単価表・新潟県土木部」中「村上土木事務所管内石材単価表」に荒川町地区における砂一立方メートルの価格が金一〇〇〇円として掲げられているところからこれを採用したものであることがうかがわれる。しかしながら、国や地方公共団体が施行する土木工事においては、土量の表示はすべて「地山の土量」をもつてすることとされたことは前認定のとおりであり、これに鑑定人加藤昇の鑑定の結果を合わせると、右単価表に掲げられている「砂一立方メートル」当りというのは「地山の土量」で表示された「砂一立方メートル」のことをいうものと解することができる。そうすると、この単価を採用して盛土材料の価格を算定する場合には、これを乗ずべき土量は「地山の土量」で表示されたものでなければならない筋合である。したがつて、本件の場合、盛土材料の価格は「地山の土量」で表示された土量三四、八〇〇立方メートルに右単価を乗じて金三四八〇万円と算定されるべきであるのに、荒川町の積算においては、これが「ほぐした土量」で表示された土量四三、五〇〇立方メートルに乗じられて盛土材料の価格が算定されているため、結果的にこれがその差額金八七〇万円ほど余分に見込まれているということができる。そして、前示甲第一〇号証によれば、このことは営繕損料、現場管理費および一般管理費などの他の費用項目の金額にも関連することは明らかであり、盛土材料の価格を金三四八〇万円とした場合、営繕損料において金七万八〇〇〇円、現場管理費において金七四万七〇〇〇円、一般管理費において金一一三万一六八八円低減することは計算上明白である。そうだとすると、荒川町において算定した本件工事にかかる設計金額は計金一〇一八万八〇〇〇円ほどが過大であり、設計金額から金一八〇万円ほどを減じて定められた落札予定価格もまたおよそ金八四〇万円ほど割高となつており、その限度では妥当性を欠いているということができる。

三  指定業者間の談合

いずれも成立に争いのない甲第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし八、第一五号証の一ないし九、第一六号証の一ないし七、第一八号証、第二〇号証の一ないし三、第二二、第二三号証および証人近昌蔵、同加藤義久の各証言によれば、次の事実が認められる。すなわち、

1  入札を実施するに当つて、荒川町はこれに参加する土木・建築業者を指名し、昭和四五年一二月二日、それぞれの業者に対しその旨および入札実施の日時・場所等を通知した。その際、指名された業者は、株式会社本間組、清水建設株式会社、前田建設工業株式会社、株式会社大林組、被告荒川建設、株式会社水倉組、株式会社石井組および五洋建設株式会社の八名(社)である。

2  そして、荒川町は事前に町役場に設計図書(荒川町の内部で作成した工事設計書のうち工事費の見積額を伏せたもの、いわゆる「単抜設計書」)を備えおき、指定業者の閲覧に供した。そのうえ、入札実施の日である同年一二月七日には指定業者に対してまず現場への参集を求め、係員が造成予定地の面積、埋立てに必要な土量およびその土質等について説明したあと、町役場で入札を実施した。

3  入札は、一回では落札者が決定しなかつたので(落札予定価格と同等またはそれ以下で入札する者がいなかつた。)前後三回にわたつて実施された。各指定業者の各回における入札価格は次のとおりである。すなわち、(1)第一回目、(株)本間組金六〇三〇万円、五洋建設(株)金六〇二六万円、清水建設(株)金六〇二五万円、(株)大林組金六〇二〇万円、前田建設工業(株)金六〇一七万円、(株)水倉組金六〇一三万円、(株)石井組金六〇一〇万円、被告荒川建設六〇〇〇万円、(2)第二回目、(株)水倉組金五九八〇万円、五洋建設(株)金五九七三万円、前田建設工業(株)金五九七一万円、清水建設(株)金五九七〇万円、(株)石井組金五九六七万円、(株)本間組金五九六五万円、(株)大林組金五九六〇万円、被告荒川建設金五九五〇万円、(3)第三回目、(株)本間組金五九二六万円、(株)水倉組金五九二三万円、五洋建設(株)金五九二〇万円、前田建設工業(株)金五九一八万円、清水建設(株)金五九一六万円、(株)石井組金五九一五万円、(株)大林組金五九一二万円、被告荒川建設金五八三二万円。このようにして被告荒川建設は落札予定価格と同額で落札者となり、その日に荒川町から本件工事を請負つたわけである。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右事実を仔細に検討してみると、本件工事に関して実施された指名競争入札については次の三点をその特徴的な事柄として指摘することができる。その第一は、各回の入札における各指名業者の入札価格にはほとんど開きがないことである。いま、これを最高額と最低額のみをとつて比較してみても第一回目(最高額は(株)本間組の金六〇三〇万円、最低額は被告荒川建設の金六〇〇〇万円)および第二回目(最高額は(株)水倉組の金五九八〇万円、最低額は被告荒川建設の金五九五〇万円)においてはいずれも金三〇万円、第三回目(最高額は(株)本間組の金五九二六万円、最低額は被告荒川建設の金五八三二万円)においては金九四万円の差しか存しないのである。このことは、本件工事が荒川町において算定した設計金額において金六〇〇〇万円を超えるという当時としてはかなり規模の大きいものであり、しかも、前述したとおり、この設計金額は盛土材料である「洗い砂」の単価のとり方において必ずしも適切なものではなく、金一〇〇〇万円ほど割高となつているとみられることなどと合せ考えると、極めて異常な現象といわなければならない。その第二は、各回の入札において、各指定業者の入札価格の順位は二、三の例外を除きほぼ一定しており、とくに被告荒川建設はいずれの回においてもその入札価格が最低額(いわゆる「一番札」)となつていることである。ところで、一般に競争入札においては、落札者となるためこれに参加する業者は自らの計算で入札価格を競い合うわけであるから、一回で落札者が決まらず、何回かにわたつて入札が実施される場合には、各回の入札価格による業者の順位は、よほどの偶然ででもない限り、各回ごとにかなりの変動があるとみるのが自然である。ところが、本件においては、右のような各回ごとの入札価格による業者の順位には大きな変動がみられず、そこには公正な競争が行なわれた形跡が存しない。その第三は、三回目の入札における被告荒川建設の入札価格は荒川町において定めた落札予定価格金五八三二万円と寸分違わず、これが落札価格となつたということである。ところで、前述したとおり、右落札予定価格は、荒川町において算定した設計金額から金一八〇万三〇〇〇円を減じたものとして定められたのであり、右減価額には工事の設計および工事費用の積算との関係で合理的な根拠があるわけではない。そうだとすれば、たとえ第三回目の入札においてであるとはいえ、被告荒川建設の入札価格が荒川町の落札予定価格に寸分違わず一致するというようなことは、まず起こり得ないことである。以上説示したところによつてみれば、被告荒川建設はもともと荒川町の落札予定価格を知つており、入札に参加した八名(社)の指名業者の間には事前に被告荒川建設を落札者とするための談合が行なわれたものであつて、前後三回にわたつて実施された入札は、これが公正な競争入札であることを装うための方策に過ぎなかつたとみるよりほかはない。

四  落札予定価格の漏洩と荒川町の損害

本件工事が施行された当時、被告金子が荒川町の町長の職にあつたことは当事者間に争いがない。ところで成立に争いのない甲第六号証、証人加藤義久の証言および原告金子俊雄本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、被告荒川建設は新潟県岩船郡荒川町大字佐々木七三八番地に本店をおく資本金一五〇〇万円の会社であり、土木・建築工事の請負のほか、温泉旅館の経営もその事業目的としていること、この会社は、もともと被告金子が個人で始めた土木・建築工事の請負業を、昭和二七年五月二日に有限会社組織に、そして、昭和四一年一〇月七日に株式会社組織に、それぞれ改組したものであり、昭和三八年一一月に荒川町の町長に就任することになつて辞任するまで、被告金子がその代表取締役であつたこと(ただし、この点はおおむね当事者間に争いがない。)、しかし、その後も、同被告会社は、その代表取締役に被告金子の妻純、専務取締役に長男の金子忠夫、常務取締役に娘婿の金子靖郎、取締役に長男の妻である金子栄子、監査役に娘の金子ハナを当て、すべて被告金子の一族によつて運営されており、本件工事のほかにも県営住宅建設用地造成工事、県立村上高校荒川分校用地造成工事、町立体育館建設用地造成工事など、荒川町で施行する土木工事のほとんどを手がけていること、が認められ、これに反する証拠はない。これによれば、被告荒川建設は、元来、被告金子を中心とした同族企業であり、町長就任を機にその役員を辞したとはいえ、そのあとの役員構成からして、被告金子がその経営の実体に通じ、会社運営について大きな影響力を有していたであろうことは推認するに難くないところである。そして、一方、成立に争いのない甲第一二号証の一、二によれば、本件工事にかかる落札予定価格を金五八三二万円とすることは、被告金子が町長としての職権に基づいて決定したものであることが認められるのであり、落札予定価格は、その性質上、少くとも工事請負人が決定するまでは町役場の内部においても事務担当以外の者に対しては秘匿されておかれるべきものであることを考えると、ほかに特段の事情が認められない以上、被告荒川建設が入札の実施以前に既に落札予定価格を知つていたのは、被告金子からこれを明かされたからであり、被告金子は、被告荒川建設との右認定のような関係からして、これを知つた同被告会社が最も有利な価格で本件工事を落札するため他の指定業者に働きかけて談合することを知りながら、あえてこれを漏洩したものと推認せざるを得ない。

そうだとすれば、被告金子と被告荒川建設との右のような行為は相まつて本件工事について荒川町が実施した指名競争入札の公正を妨げるものであるから、不法行為を構成し、その結果、荒川町は、本件工事について、八名(社)の指名業者による公正な競争入札が行なわれたとした場合、それによつて形成されるであろう落札価格と被告荒川建設が現実に落札した価格との差額相当額を工事代金として余分に支出したこととなり、これと同額の損害を蒙つたということができる。とはいうものの、本件においては、現実には右にいう公正な競争入札は行なわれなかつたのであるから、これによつて形成される落札価格というものは存在せず、したがつて、右損害の数額を正確に割り出すことは不可能のことといわなければならない。しかしながら、本件工事について荒川町が算出した金額は盛土材料である「洗い砂」一立方メートル当りの単価のとり方との関係で少くとも設計金額において金一〇一八万八〇〇〇円、落札予定価格において金八四〇万円割高となつていることは前述したとおりであるのみならず、鑑定人加藤昇の鑑定の結果によれば、本件工事について同鑑定人が当時の価格によつてした工事費用の積算では、盛土材料として「洗い砂」を使用する場合の設計金額は金四六三九万三〇〇〇円であることが認められ、これを荒川町が算定したものと比較すると、設計金額において約金一四〇〇万円、落札予定価格において約金一二〇〇万円、右鑑定人の鑑定の結果の方が低くなつている。これらの事実からすれば、本件工事について指名業者による公正な競争入札が行なわれたとした場合、これによつて形成される落札価格は、荒川町において定めた落札予定価格および被告荒川建設の落札価格よりも少くとも金一〇〇〇万円は低いものであろうと推認できるのであり、したがつて、被告金子、同荒川建設は荒川町に対し共同不法行為者として各自右金一〇〇〇万円およびこれに対する不法行為の後(訴状送達の翌日)である昭和四七年三月八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そして、原告らが荒川町の住民であるところ、同町監査委員会に対しその主張の監査請求をしたのに対して、同委員会がこれを理由がないとして排斥したことは当事者間に争いがないから、原告らは、荒川町に代位して被告金子、同荒川建設に対し右損害賠償の請求をすることができるというべきである。なお、被告らは、「町長」という地方公共団体(町)の執行機関に対する損害賠償等の請求は住民訴訟の対象とならない旨主張するが、原告らの本件損害賠償の請求は町長の地位にある被告金子個人に対する請求なのであつて、町長の地位にある私人もまた地方自治法第二四二条の二、第一項第四号にいう普通地方公共団体の「当該職員」に該当すると解するのが相当であるから、原告の右主張は採用の限りではない。

五  原告らの被告荒川町町長に対する訴えの適否

荒川町が被告金子、同荒川建設に対して前述したような損害金債権を有する以上、その長である被告荒川町町長は右両被告に対して速やかにその支払を求めるべきであつて、これを放置することが地方自治法第二四二条第一項にいう「財産の管理を怠る事実」に該当することは明らかである。しかしながら、一般に普通地方公共団体の当該執行機関または職員に対する当該怠る事実の違法確認の請求は、当該執行機関または職員が従来の態度を改め、当該怠る事実にかかわる行為をしようとすれば、これが可能な場合に限り許されるのであつて、その可能性が既に存在しなくなつた段階において、右請求は最早その意義を失い、したがつて、これにかかる訴えは訴えの利益を有しないものというべきである。これを本件についてみると、本件においては、既に原告らが荒川町に代位して、被告金子、同荒川建設に対し本件訴えをもつて前述した損害金の請求をしているのであるから、被告荒川町町長としては、最早、右被告両名に対してその請求をする余地はなく、したがつて、原告らの被告荒川町町長に対する訴えは訴えの利益を欠く不適法なものといわなければならない。

六  よつて、原告らの被告金子、同荒川建設に対する請求はその余の点について触れるまでもなく前説示の限度で理由があるからその範囲で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、一方、原告らの被告荒川町町長に対する訴えは不適法としてこれを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久 大塚一郎 石田浩二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例